JX-ENEOSバスケットボールクリニック

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第13回:ルールの話 コーチングクリニックTOPへ戻る
このWEBクリニックが始まってから、早いもので1年が経過しようとしています。
今回は、ちょっと横道にそれて、ということで、「ルール」という側面からバスケットボールを考えてみたいと思います。

【いろいろな顔を見せたルール変遷】
バスケットボールのルールは、(1)体の接触を禁ずる。(2)ボールを持って3歩以上歩いてはならない。(3)スピード感のある競技にする。という三つの基本的な考え方からなる競技スポーツです。
1891年。アメリカマサチューセッツ州スプリング・フィールド、国際YMCAトレーニングスクール。冬になると雪の多いこの地方。このスクールのジェイムス・ネイスミス教授が、外で体を動かすことができず、学生たちが運動不足になりがちの冬の間、屋内で手軽にできるスポーツとして考案したのが始まりだそうです。今はいろいろな文献にその歴史が記されていますが、生まれて僅か110年を超えたばかりです。

この競技が考え出された当初は、数十人が狭いコートの中でプレーをして、ドリブルが禁止されていて、パスだけでプレーをさせたそうです。ところが、学生たちがボールに集まって、ラグビーフットボールのようになり、怪我人が続出。冒頭の三つのルールが設定されたということです。

オリンピックが行われた翌年から、FIBA(国際バスケットボール連盟)セントラルボードによって、次のオリンピックまでの4年間のルールを変更する、とされていましたが、1984年(もう20年前になります)から世界選手権の終了後の変更とされたようです。
このサイトをご覧の皆さんはご存知でしたか?

最近のルール変更の中では、3ポイントルールが最も大きな変更点だと、私は思っています。それまで、ゴールを決めてオフェンスを成功させることを「2点取る!」などと表現していましたから、バスケットボールでゴールを決める、イコール2点だったのです。
それまで、シュートファウルをされて、ゴールが決まった時、ボーナススロー(フリースロー1投)が与えられて3点プレーになるルールが適用されていますが、ゴールからより遠いところからシュートに対し、3点としたことは後にバスケットボールをよりエキサイティングにするルールとなりました。

また、シュートクロックが設定されない時代から、30秒ルールが設けられ、更にシュートファウルのフリースローを拒否できた時代もありました。時代の流れとともに、バスケットボールがよりスリリングに、よりエキサイティングに、よりスピーディーに、いろいろな側面を見せながらルールの変更が実施されてきました。

「ルール」というと規則ですから、まずはやってはいけないこと、というのが先にたち、練習の時も「それはファウルになる」「ボールは10秒以内に運ばなければいけない」「それはトラベリングだ」というように、どちらかというと「縛られる」というイメージが沸くのではないでしょうか。


【ルールを熟知して、戦術的に研究をしてみる】
ルールも味方につけて 3ポイントルールが施行されたのが1985年ですから、既に20年がたとうとしています。このルールがFIBAで実施される直前、アメリカのあるコーチからこんな話を聞いたことがありました。それは、アメリカの大学(全米大学体育協会→NCAA)には、「コーチコミッティー」(コーチ委員会)という組織があって、誰でも僅かな会費で入会でき、季刊誌が発行されている。その季刊誌には大学のコーチたちが、持ち回りで自分の得意な分野、例えば、「ディフェンス」や「オフェンスシステム」等をその季刊誌に発表することができ、申し込んだ会員のもとに配布される。ということでした。

1部校だけでも250校以上、30を超えるカンファレンス(リーグ・グループ)に分かれていますが、その各カンファレンスで、バスケットボールのルールについて、いろいろな角度から検討がなされ、1年間それぞれのカンファレンスでルールテストを兼ねながら、シーズンが終わると議論を重ねて、よりバスケットボールを面白いスポーツにして行こう。ということで、ルールが統一されていない時代がありました。

例えば、シュートクロックです。以前はシュートクロックが無い時代もあり、試合が終わると、21-22(延長戦)などという試合も多かったということです。
つまり、ティップオフで一旦ボールを保持すると、とにかく攻めない。相手のディフェンスがボールを取りに出てくるまで攻めないのです。5分でも10分でもボールをキープしている。確かに「勝つか」「負けるか」という意味ではファンは熱狂しているのですが、一言で言うと、バスケットボールは点取りゲームですから、面白みが無いということです。
そんなことから、どうやったら面白みがあるスポーツになるのだろうか、と考えて、シュートクロックを導入したのだそうですが、その時間の設定を何秒にしたら良いのか、各カンファレンスでテストし、それを持ち寄ってシュートクロックを決めたということです。

3ポイントルールの時も同様だったということです。NBAが先行していたこのルールを1年間テストし、得点がより多く取れてエンタテイメント性が高いことから、そのルールが採用され、その後国際ルールにも導入されました。
そんな時期に、インディアナ大学が全米NCAAトーナメントで優勝した時、高さや強さでゴール下を圧倒的に支配し、優勝の大本命に上げられていた、ケンタッキー州にある、ルイビル大学を相手に、小さいながら徹底した3ポイント攻撃で破ったことがありました。
その時に聞いた話ですが、速攻の時、ゴール下に近づかず、相手の守備範囲の外で3ポイントシュートを次々に決め、能力の高い、そして高さのある相手を圧倒したそうです。

アメリカのコーチたちはやはり「プロ」。3ポイントルールやシュートクロックを研究し、自分たちの特徴を生かした戦い方を研究し、そして徹底させる。
皆さんも一度ルールブックをよく読んで、ルールをいかに上手く利用するか考えてみる価値はありそうです。

次回は「練習メニュー(ドリル)」でお会いしましょう。



高木 彰氏プロフィール
高木 彰氏
1949年 1月22日生まれ 東京都出身
1971年 日本鉱業株式会社(現:JXTGエネルギー) 入社
1978年 現役引退後 同社バスケットボール部アシスタントコーチ 就任
1979年 日本大学バスケットボール部ヘッドコーチ就任
(全日本学生バスケットボール選手権大会  3回優勝
 関東男子学生バスケットボールリーグ戦  3回優勝
 関東男子学生バスケットボール選手権大会 2回優勝)
1986年 日本鉱業(現JXTGエネルギー)バスケットボール部
ヘッドコーチ 就任
(全日本総合バスケットボール選手権  2回優勝)
1994〜
1998年
ジャパンエナジー(現JXTGエネルギー)男女バスケットボール部 総監督 就任
1998〜
2003年
バスケットボール女子日本リーグ機構 理事・広報部長
2003年〜 日本文化出版(株)月刊バスケットボール技術顧問
2004〜
2008年
実業団男子バスケットボール ヘッドコーチ
2009年〜 JBAエンデバーWG委員
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